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■今から約百年前の明治37年、韮崎から北に鉄道が開通しました。星空の夜に列車が七里が岩の上を走ると、まるで銀河の中を走っているように見えたそうです。
■宮澤賢治が残した『銀河鉄道の夜』はジョバンニとカムパネルラが銀河を一緒に旅するファンタジーです。そして賢治にも、恋するように手紙を送り続けた"心の友"がいました。
■その"心の友"保阪嘉内は韮崎で生まれ、盛岡高等農林学校で賢治らと同人誌"アザリア"を創刊した人物です。学校を退学処分となった嘉内は、韮崎に戻って農民の幸せのために人生を捧げました。
■“農村に音楽ホールを創る”ことも嘉内の夢でした。東京エレクトロン韮崎文化ホールは、嘉内の生家のすぐ近くに建っています。
■夕方からのコンサートが終わり、みんながホールの玄関を出ると、正面に"銀河鉄道"が通ることがあります。レールを敲く"銀河鉄道"の車輪の音は、カムパネルラへのレクイエムを奏でているかのように聞こえてきます。
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